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眠る前に2杯だけ。

カードゲーム(WIXOSS)やアニメマンガ小説についておしゃべりします。

Re:CREATORS2話、というかOPについてあれこれ ※追記しました

とにかく2話も面白かった!

 

魔法少女の理屈が通じない展開はそれはそうだよね、という他ありませんが悲しいところです。まぁ魔法少女の理屈が通らないというか、あれはまみかが自分が正しいと思い込み過ぎて人の話を聞かないのが原因ですから、魔法少女の理屈が現実に屈したわけではありません!魔法少女は困難を乗り越えて成長するものであるから、まみかには成長を期待したい!

しかし颯太君は軍服の姫君を知らないのか……。あれは知ってるリアクションかと思ってました。ということは……?

 

 

待望のOPがとてもかっこよくて僕は大満足です。今期で1番良い!つぐもも?そんなものは知らんなぁ。。僕は毎回気に入ったOPは延々と繰り返して見続けるんですが、もう3時間くらい見ました。そうやってぼんやりと考えていきます。というわけで考察めいた妄想を垂れ流します。まぁこの時点でのOP読解なんてこじつけ上等当たるも八卦当たらぬも八卦。まだ結論が出せてない部分が多すぎて、「だから何?」と自分でも思いますが、僕がどういう予断を持ってどういうイメージでこれからの本編を見るのかという程度の話です。だから間違ってても別に良いのです。よし、予防線は張ったぞ……!

とりあえずOPの流れをざっくり説明しますがあくまでざっくりとなので、OPは見てる前提です。

まずタイトル

→①創作世界を背景にキャラ紹介

→②颯太君、手で掬った水を見つめる

→③メガネ女子、水中を沈む。メガネが…

→④軍服の姫君、骨に囲まれた状態から骨が花へ変わる

→⑤キャラクター達、闘う

→⑥キャラクター達、歩く

→⑦軍服の姫君、月を見上げる

→⑧朝日が街に差し込む

→⑨颯太君、干上がった大地で受け継いだメガネをかけ、歩き出す

 →⑩キャラクター達、揃い踏み

という風になっています。

僕がOP見るときに思考のとっかかりにするモノの一つに、キャラクターの方向というものがあります。キャラクターが右を向いていたら、「右」という方向にこのOPはどういう意味を込めているのか?と気になりますよね*1。うまく考えがまとまらない時の方が多いですが、別にまとまらなくても損をするわけではないので。

1話の冒頭はとても印象的でしたが、その中で特に僕が印象的だったのが遮断機の描写です。遮断機のバーが画面を縦に分割したまま降りてきて、降りきると右が地面になります。これは普段なかなか見ない絵面なので気になっていました。右が地面ということは重力が右に向かっているということで、重力とは僕らには干渉できない目に見えない力です。重力はどうしようもない現実や運命を象徴するものだと僕は思っていて、その後メガネ女子が左に歩いていって自殺するので、現実(右)から逃げて死後の世界(左)へ行った……というように解釈していました。単に「自殺した」という状況から自然とイメージできることですが、ここで左右を仮にでも定義づけられたのは考えるとっかかりになります。印象的なのは⑦で軍服の姫君が左を見上げていることで、その視線の先には月があり、その月は彼女が転移する際にまき散らす青い光を帯びています。月というモノは日々満ち欠けすることから死と再生の象徴で、ウサギが住むというぐらいですから異界でもあり、死後の世界もまた異界です。なので死へと赴いたメガネ少女が左へ歩いて行ったことと符合するのではないかなと思います。

 

月が帯びていた青い光、それとよく似た表現をされているのが水の描写です。水というのは創造や再生の象徴ですが、形を変えて川とか海になると死に近いイメージがありますよね。海の向こうにある死者の国とか彼岸と此岸を隔て仲介する三途の川なんかのイメージです。彼岸と此岸の堺にあるのが水だと。③で水に沈むメガネ女子や、④での水を通すことで覚醒する姫君や花(生)に変化する頭蓋骨(死)など、象徴的だなと思います。また水中というものも異界として表現されるものであり、月と同じく彼岸だと言ってもいいかなと。

 

ここまで整理すると、左には死や彼岸という方向性があり、右には現実がある。現実と彼岸の間には水がある。という風になります。そして水=青い光で、青い光は被造物達が被創作世界から現実世界へと渡りくる時に現れる現象です。つまり青い光を通って現実世界に来るわけで、ということは彼岸と被創作世界というものは、まぁ実際は違うとしても方向性は同じモノなんじゃないかと思ったわけです。なので

右=現実

左=被創作世界

という方向性が見えてきたなと。踏切というのはこちらとあちらを隔てるモノであるので、遮断機の「右」「左」でこういう風に分けられることは納得できます。そうすると一つ連想できることとして、1話冒頭で「左」へ歩いていき「死んだ」、OPで「水中」に沈むメガネ女子はそのイメージのどれもが被創作世界へ渡ることにつながるんじゃないかと。だからこれはもしかしてメガネ女子は軍服の姫君の創造主という可能性の他に、軍服の姫君に「なった」という可能性もあるんじゃないかなと思ったわけです。どうでしょうね?

 

 

 

右は「現実」、左は「被創作世界」。被創作世界を夢や、理想と言い換えるとすると、このOPではキャラクターの在り様や身の振り方、キャラクター同士の関係性など、様々な可能性を想像することができるのかなと思います。

例えばセレジアさんは①だと右(背景セレジアさんは左)を向いていますが、⑤⑥の現実世界では左を向いています。①を見るに被創作世界でセレジアさんは、現実を見て生きてきたのでしょう。「正義を力で為すのなら、綺麗な夢なんか見るな」というまみか戦でのセリフからは「フォーゲルシュバリエ」界のシビアさがうかがい知れます。しかしセレジアさんは夢を見るなと言ったけれど、夢を持つなとは言わなかった。背景セレジアさんが向いていた方向には、綺麗な夢があったと思います。セレジアさんは綺麗な夢を背負って、現実を戦っていたと。そして⑤現実世界で被創作キャラクターと戦い、⑥被創作世界へと歩き出すと。きっと、セレジアさんの綺麗な夢はその方向にあるから……。

まみかなんかも面白くて、①では目を閉じて正面向き(背景まみかは左)、⑤ではポーズ取りながら左から右へ流れ、⑥では右向き(後ろのポスターのまみかは左)。正面というのは僕たち視聴者がいるところなので現実、とすると、まみかは①で現実を見ず、夢ばかり見ていたと。⑤での左から右への流れが、セレジアさんに活を入れられたことで方向性が変わったことを表し、⑥でこれまでの自分(ポスターまみか)と決別し現実を歩む…というまみかの成長物語を期待させませんか? 

 

今のところOPで思いついたのはこんな感じです。まだわからないのが

  • 颯太君の手の中の水が干上がっていくことの意味
  • 颯太君がメガネを受け継いで右へ歩き出すこと
  • キャラクターがガラスに映る意味
  • 朝焼けに照らされる時計

このあたりです。思いついた方は是非東田まで。

 

 

しかし勢いで書きましたが読み返すと……あんまり根拠は無いですね。

都合の良い部分だけに注目して話しているところはあるので、本当に妄想です妄想。理屈と軟膏はどこへでもつく。という言葉で今回は締めましょう。理屈になってるか?と言われると自信はないです……もっと論理的に話を組み立てられたら良いんですけど、僕にはこれが限界です無理です。

 

 

 4月24日追記

内容はそのままですが少し文章の構成を変えました。まぁあくまでも自分の中では!けっこう筋が通ってるので、前よりは僕の考えていることが伝わるようになった……と信じたいところ。3話もすでに見ましたが、メガネ少女=軍服の姫君説は否定されてしまいました。最初の想像通りメガネ少女=軍服の姫君の創造主のような流れですね。メガネ少女=軍服の姫君の下りを消してしまうのも変な話なのでそのままにしておきます。メテオラと弥勒寺、女騎士とまみかの関連性はOP読み通りだなと思いつつ、blogに書いてないなとへこんだり。

 

 

 

 

*1:一般的には右は上位、左は下位で、作劇論的にも様々な意味合いがあるようですが僕は勉強したことないのであまりわかりません。