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眠る前に2杯だけ。

カードゲーム(WIXOSS)やアニメマンガ小説についておしゃべりします。

カードゲーム遍歴~思い出話~

現代日本の男の子らしく、今までたくさんのカードゲームに触れてきました。列挙してみると

と、こんな感じ。東田には同い年や年の近い従兄弟が多く、だいたいその連中とカードゲームしていました。ちなみに従兄弟は東田と比べて圧倒的にカード資産があったので強かった……東田少年はお小遣い的なものは全くもらっていなかったので資産なかったのです。

 

一番最初に触ったカードゲームは小学2年生の時のポケモンカードでした。何かの折に両親からスターターデッキを買ってもらったのですが、今にして思えばあの収録内容はひどいの一言で、僕の記憶が正しければ各種エネルギーカード5枚ずつと種も進化も全然かみ合わない色もバラバラなカードがごちゃごちゃと50枚くらい入っているだけでした。どうスタートしろと?って感じですね。しかし何も知らない東田少年はカードに触れているだけでけっこう楽しんでいました。というかルールブックもついてなかったので本当に何も知らなかったです。……マジでスタートさせる気がないのか?後にジムリーダーデッキ(構築済み)で始めた妹が強かった思い出…ちゃんとしたデッキだったんだよな……。子供らしく所持カードも構築のいろはも何も無く持ってる好きなカードを入れまくっていましたが、メインで使っていたのは「わるいポケモン」のみで作った「わるいデッキ」でした。悪に憧れる年ごろだったのです(東田は今でも悪役贔屓)。「ボスのやりかた」とか名前だけでワクワクするカードでしたね。

 それと並行して普通に遊戯王カードもやりました。使っていたのは「悪魔族を強化して殴るデッキ」としか言いようのないデッキでした(切札はゼラ)。

 実に小学生らしくて今ではあんなデッキは作れないですね。しかし忘れもしない小学5年生のハロウィン(児童館のイベント)で何者かにデッキを盗まれるという悲劇が東田少年を襲い、決闘者としての東田は死にました。。泣きながら家に帰りました。。それ以降遊戯王の記憶がありません。やめてはいないはずなんですが、何を使ってたんだろう…?まぁ従兄弟たちとは「迷宮バトルロワイヤル」みたいな変則ルールで遊ぶことが多かったので、デッキパワーが無くてもあまり困らなかったのは良かった。その数年後、従兄弟から要らないノーマルカードを大量に貰い「シモッチによる副作用」を軸にしたバーンデッキを作るまでを「遊戯王暗黒期」と呼んでいます。

 

 

東田はコロコロコミック読者だったのでMTGもやりました。小学5、6年生ですね。正直、切札勝舞君が何をやってるのかはワカラン部分が多かったのですが、やたら面白かった記憶はあります。難波金太郎戦とか、良かったよね。お母さんが深夜まで内職してデッキを買ってきてくれたエピソードとか泣けるわ……。兵士クリーチャーをデッキからリクルートして展開する構築済みデッキで始めたのですが、まぁ今ならよくわかるのですけど当時の自分は強いと思えず、どんなカードだったかよく憶えていないのですがロック系のバーンデッキを使っていました。

 

 

しかしMTGをやっていたはずの漫画が何故かオリジナルのカードゲームをやり始めたので流れるようにそちらのカードゲームも始めました。デュエルマスターズですね。これはバジュラが出た弾(多色が出る直前)までやりました。主に使っていたのは青黒除去コン、サバイバーです。

 よく一緒に遊んでいた友人がいたのですが、彼は僕のデッキのメタを張るのがすごく上手くて全然勝てませんでした。というか今にして思えばデッキの完成度も向こうの方が高くて、当然と言えば当然の結果でしたね。ポケモンカードも一緒にやってたんですがこれもマジで勝てませんでした。東田の「フーディンでダメージコントロールしてプクリンのともだちのわを叩き込む」デッキがメタメタにメタられてて感心しましたよ、えぇ。

彼とはカードゲーム絡みで大喧嘩して数か月冷戦を繰り広げて周囲の友人を困らせた思い出があります。

 

 

ゾイドバトルカードゲーム」もやりました。まぁこれはやったと言ってもほぼスターターのみだったのでやった内には入らないかな?ボードゲームとカードゲームが融合した斬新なカードゲームだったと思うのですけど東田の周囲ではそもそも売ってる所が全然無かったような。やってる人もいなかったです。もちろん(?)東田は帝国軍を使っていました。 

 高校生になってからはそもそもカードゲームを買わなくなっていましたがそんな中で「金色のガッシュベルカードゲーム」を始めました。自分のデッキの順番を完全に決めるという運命力に自信のない人にはうってつけのゲームでしたね。なんだったら今から本格的に始めても良いぐらい面白かったです。東田は構築済みの「ゾフィス」を軸に「千年前の魔物デッキ」を使っていました。

金色のガッシュベル!!THE CARD BATTLE BATTLE OF THOUSANDS

金色のガッシュベル!!THE CARD BATTLE BATTLE OF THOUSANDS

 

 その後デュエルマスターズに復帰を果たすのですけど、先日その辺りの経緯を友人と話してたら食い違いがありました。僕は普通に友人と昔やってたカードゲームの話をしていたらデュエマなら家にあるよ、やる?みたいな流れだったと思ってたんですけど、友人曰く「百物語を友人宅でやった時の待ち時間用の暇つぶしとして東田が持ってきたのがきっかけ」らしいです。正直???です。まぁその後近所のコンビニの駐車場で散乱しているカードを拾ったことで最新のカードを知り、新しくカードを買い始めたりしたのでこれがきっかけということにしても良いかもしれません。

 なんだかんだ言ってこの頃は子供時代と大して変わらず、構築のいろはも知らず手元にあるカードでデッキを組んでいたのですが、ある時友人の一人がシングルでカードを買ってきて状況が変わりました。まさに禁断の手段。それに手を出すか……!と戦慄したものです。ここで子供時代に別れを告げ、本格的なカードゲームの世界に足を踏み入れたと言っても過言ではないでしょう。そして子供の頃とは違って僕らには金も知恵もあり、さらにはインターネットというものがあり、様々な情報を仕入れることができました。対戦動画の存在もこの時に知りました。

 そこから今までカードゲーム人生が続いています。

WIXOSSがリリースされるまではずっとデュエルマスターズやってました。いきなりシングルカード買ってきた友人とは今も一緒にWIXOSSやってるので長い付き合いになったものです(カードゲーム歴的に)。

デュエルマスターズは長くやっていたので、こういうデッキを使っていた、というのは一概には言えないですが、僕は「必ずデッキには進化クリーチャーを入れる」とプレイヤーとしての自分をセルフプロデュースしていたので、だいたいが「進化クリーチャーテーマデッキ」でした。その中で一番傑作だったデッキは「グレイトフル・デッド軸シノビコントロール」ですね。これはもう本当にずっと使ってました。

 デュエルマスターズをやっていたので雑誌の「カードゲーマー」を購読していたのですが、そこで新規TCGの「WIXOSS」の記事があり、それを読んだ東田が「これは面白そうだ!」と構築済みデッキ3種を買ってきて友人2人に1つずつ渡したのがWIXOSSの始まりでした。いや、あの時はデュエルマスターズから乗り換えることになるとは思って無かったなぁ……。

そしてパズドラTCGTCGの終わりに立ち会うのは初めてでしたよ。。なんて言ったらいいか…職場の後輩?がパズドラTCGをやっていて、面白そうだったので始めました。大した理由は無いですね。こちらからはWIXOSSを勧めたらそちらも始めてくれたので、お互いに布教しあった形です。残念ながらパズドラTCGは終了してしまったので、今ではそのメンバーも一緒にWIXOSSをやっています。

 デッキ構築段階から、デッキのドロップのバランスを考えたり、ゲームの進行で変化するデッキ内のドロップ数を考えたりと、ドロップの概念がなかなか独特な面白さのあるゲームだったんですけどね。僕は水闇2色の「闇カリンコントロール」を使っていました。水闇2色というか、モンスターは水で染めて副属性に闇、闇のスキルを意識して多めに投入して水ドロップ確保する、って感じです。

 と、まぁ僕がやってきたカードゲームはこんな感じです。いろいろやりましたけど、大会に出たりしたのはWIXOSSが初めてでしたね。僕らは思いっきりカジュアル勢だったので、「大会なんてガチ勢の巣窟!怖い!」という偏見があって……でも一度WIXOSSツアーに出てみると、案外僕らでも勝てるんだな、と認識を改めまして、それからはちょくちょく出ています。

 

※追記

あ、シャドウバース書くの忘れてた。まぁこれは従兄弟がやってたので始めました。従兄弟がやってるカードゲームはやるのが少年期からの東田スタイル。